人間の生活に利用する目的で、野生動物から遺伝的に改良した動物をいう。利用の目的によって農用動物farm animal、愛玩(あいがん)動物pet animal、実験動物laboratory animalの3種に大別することができる。また、広義の家畜はこの3種を含むが、狭義には農業生産に直接かかわっている農用動物のみを意味することもある。農用動物には乳、肉、卵、毛、皮革、羽毛などの畜産物を生産する用畜と、労働力を提供する役畜とに大別される。
[正田陽一・西田恂子]
現在、家畜として取り扱われているおもな動物は次のとおりである。
(1)哺乳(ほにゅう)類 ウシ、バリウシ、ガヤル、ヤク、スイギュウ、メンヨウ、ヤギ、フタコブラクダ、ヒトコブラクダ、アルパカ、ラマ、トナカイ、ブタ、ウマ、ロバ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ミンク、フェレット。
(2)鳥類 ニワトリ、シチメンチョウ、ホロホロチョウ、ウズラ、アヒル、バリケン、ガチョウ、イエバト、カナリア。
(3)魚類 コイ、キンギョ、グッピー。
(4)昆虫類 カイコ、ミツバチ。
東南アジアで使役されているインドゾウや鵜飼(うかい)に使われるウミウを家畜とよぶ場合もあるが、これらは人間の管理下で繁殖していないし、野生のものと遺伝的に異なるものでもないので、家畜の範疇(はんちゅう)には入らない。一般に日本では魚類、昆虫類は除いて、哺乳類と鳥類に属するもののみをさす場合が多い。また、鳥類に属するものを家禽(かきん)として、哺乳類だけを狭義の家畜とよぶこともある。
[正田陽一・西田恂子]
人間が家畜化に着手したのは約2万年前、新石器時代のこととされている。家畜化の動機としては食料の安定供給という経済的な目的のほかに、神への「いけにえ」にするという宗教的な目的や、愛玩動物としての存在意義などもあったと考えられる。
また、動物の側にも家畜化されやすい要因が存在した。イヌやブタは野生の生態での掃除屋scavengerとしての性格から、人間の生活へ接近して共生関係が発生し、家畜へと順化された。ウシやヒツジは群れ生活をし、集団のなかではボスに従う性質が強いので、群れごと人間の管理のもとに組み入れられることになった。このような家畜化はイヌで2万~1万年前、メンヨウ、ヤギ、ウシ、ブタで約1万年前、ウマで5000年前、ニワトリで4000年前に行われたとされている。
家畜はそれぞれ野生動物を祖先にもっているわけであるが、その祖先種は単一のものもあるし、複数のものもある。単一の祖先種をもつと考えられているものにも、家畜化されてから近縁の他種の遺伝子が導入されている場合もある。おもな家畜の祖先種は次のとおりである(下線は絶滅種)。
ウシ(オーロックス)、ウマ(モウコノウマ、タルパン、シンリンタルパン)、メンヨウ(ムフロン、ウリアル、アルガリ)、ヤギ(ベゾアールヤギ、マーコールヤギ)、ブタ(イノシシ)、ウサギ(アナウサギ)、ニワトリ(セキショクヤケイ)、アヒル(マガモ)、ガチョウ(ハイイロガン、サカツラガン)、シチメンチョウ(ヤセイシチメンチョウ)。
家畜は人間の飼育管理のもとにあることによって、野生動物のときに受けていた自然淘汰(とうた)の圧力を避けることができ、そのかわりに人間の飼育目的に向けての人為淘汰を加えられることになる。その結果、形態的にも生理的にもいろいろの変化が認められる。形態的変化としては毛色の不規則な斑紋(はんもん)(ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ)、骨の曲がりでなく筋肉の力で巻いた巻き尾(ブタ、イヌ)、耳たぶが大きく垂下した垂れ耳(ウシ、ヤギ、ブタ、イヌ、ウサギ)、下顎(かがく)骨の短縮により湾曲した顔面(ウマ、メンヨウ、ブタ、イヌ)などがある。生理的変化としてはまず第一に繁殖力の増大がある。一般に動物は飼育下では性成熟に達する年齢が早くなり、そのうえ季節繁殖動物では繁殖期の幅が広くなって、極端な場合には周年繁殖動物に変わる(ウシ、ブタ)。また、多胎動物では産子数も増加する。第二に自己防衛に関する本能的な感覚の退化が認められる。疾病に対する抗病性や環境に対する適応性についても、改良の進んだ品種では遺伝的な固定を図るため近親交配が行われているので、一般的に劣る場合が多い。このほか、家畜では野生のものに比べ種内の変異が大きい。これは、野生動物では自然淘汰が種の恒常性を保つように働くのに対し、家畜では改良目的によって異なった方向へと人為淘汰が働くためである。たとえば同じ家畜のイヌでもセントバーナードとチワワでは体重が100倍も異なり、これは野生種を含むイヌ科全体の変異よりも大きくなっている。
[正田陽一・西田恂子]
家畜はその飼養目的に向けて長い間改良が積み重ねられ、その生産能力は目覚ましい向上をみせている。哺乳動物は普通、自分の子を育てるのに足りるだけの乳しか分泌しないものであるが、乳用牛では年間1万~2万キログラムもの牛乳を生産するものもつくられている。また、ヤケイは1年に十数個の産卵しかしないが、卵用種のニワトリでは年間365個の卵を産むものもある。このような生産能力の遺伝的改良のためには、優れた遺伝的資質を備えた個体を選抜し、これを種畜として繁殖に供用することが必要である。優れた種畜とは、高い生産能力をもち、その能力を十分に発揮できるりっぱな体型を備え、さらにそれらの資質を確実に子孫に遺伝するものでなければならない。
そのために、生産能力を調べる能力検定(泌乳能力検定、産卵能力検定など)や繁殖能力を調べる産子検定、体型の良否を審査判定する外貌(がいぼう)審査、遺伝の確実さを確かめるための後代検定、血統登録などの事業が、それぞれの家畜について行われている。また近年、ブタやニワトリのように、生産に携わる実用畜と繁殖用の種畜とがはっきり区別される家畜種では、実用畜にヘテローシス(雑種第一代の平均と両親の平均との差)を利用することがきわめて有利なので、三元交雑や四元交雑(3系統または4系統が関与する交雑)が組織的に行われており、そのための近交系の作出や、相性のよい系統の選抜なども積極的に実施されている。
一方、優良家畜の生産手段として、遺伝子操作技術を応用し、体細胞から親の複製をつくりだすクローン技術の研究・開発が進み、1996年にはイギリスでクローン羊の生産に成功したが、2002年現在、実用化には至っていない。
[正田陽一・西田恂子]
家畜を増殖させるのに、粗放な飼養形態では、群れのなかに雄畜も雌畜もいっしょに入れて交配を自然に任せることもあるが、効率のよい増殖を図り、かつ育種の効果を高めるためには、繁殖を人為的に管理する必要がある。
ウシやブタは周年繁殖が可能であるが、季節繁殖動物のウマは春、メンヨウ、ヤギは秋がその時季で、この季節には雌畜に周期的に発情が訪れ、この期間だけ雄畜を許容するので、その兆候をみて適期に交配する。近年は人工授精の技術が普及し、交配のために家畜を輸送する必要がなくなった。また、精液を凍結して半永久的に保存することが可能となったため、少数の優れた雄畜を有効に利用することもできるようになった。最近では、優れた雌畜にホルモン処理により過排卵をおこさせて人工授精をしたのち、回収した受精卵を、あらかじめ発情周期を同調させておいた他の雌牛に移植して人工受胎させ、優秀な雌畜の有効利用を図る技術も開発されている。さらにこの技術は、単胎のウシなどに双生子を人為的に産ませることもできるので、増殖にきわめて有効である。また、クローン技術の研究・開発が進み、従来の受精卵分割・核移植による方法とは別に、成体の体細胞からの生産に成功した。1996年、イギリスで体細胞を用いたクローン羊が、1998年には日本でクローン牛がつくられた。これは将来的に、雄畜なしに優良な家畜の大量コピーを可能にするものといえる。
また、雌畜の妊否を早期に診断して、繁殖の効率を高める早期妊娠診断法も広く行われている。さらに分娩(ぶんべん)後、子畜を長く母親につけ哺乳させることは、母畜に過大の負担をかけ、次回の繁殖を遅らせることになるので、早期に離乳し人工乳で育成する技術なども、肉畜では実施されている。
[正田陽一・西田恂子]
家畜の必要とする栄養素は人間と同様、タンパク質、脂肪、炭水化物、無機物、ビタミン類である。これらの栄養素を過不足なく、経済的にむだのないように給与するために、飼養標準が各家畜ごとに定められている。家畜の体重から維持飼料として必要な養分量が決定され、それに生産(産乳、産肉、産卵、妊娠、発育、労働など)に見合う生産飼料の量を加える。そして飼料の養分含量から給与する飼料の量と配合割合を定めるのである。ウシやヒツジのような草食動物は牧草や飼料作物といった粗飼料で維持飼料の分をまかない、生産飼料の分を濃厚飼料で補ってやるとよい。ブタやニワトリのような雑食性の動物では濃厚飼料が主体となるが、なるべく多種類の材料を配合したほうが、栄養が偏らなくてよい。草食性の家畜では牧野への放牧を中心に飼育することが家畜の健康にもよく、管理の労力も省ける。しかし外界の不良な環境から家畜を守り、生産管理、衛生管理の作業の便を図るためには、畜舎を設けて舎飼(しゃが)いをする必要がある。ブタやニワトリのように土地との結び付きの弱い家畜では、多数の個体を集約的に舎飼いし、生産に従事させる方式がとられる。採卵鶏やブロイラーでのケージやバタリー方式がこれである。このような場合には家畜の排出物や畜舎の汚水が公害源となるおそれがあり、汚水処理の施設が必要となる。
また、家畜の健康管理のためには皮膚のブラシングや四肢の削蹄(さくてい)を怠ってはならない。肥育用の肉畜では雄は幼時に去勢する必要があり、産毛用のメンヨウでは生後まもなく断尾を行う。有角の家畜では群飼の際の事故防止のために除角(じょかく)をしたほうがよい。ニワトリでは尻(しり)つつきを防ぎ、かつ飼料のむだを防ぐために断嘴(だんし)が行われるのが普通である。
[正田陽一・西田恂子]
家畜の病気には、各種の伝染病をはじめ寄生虫病、栄養障害、繁殖障害、中毒症、腫瘍(しゅよう)病、骨折などの外科的疾患などがある。このうち伝染病でもっとも重要なものは家畜伝染病に指定されており、これらにかかった家畜の所有者は、ただちに市町村長に届け出なければならない。家畜は経済動物であるから、疾病の予防に重点を置くことは当然である。また、生命にかかわる病気でなくとも生産性に大きな影響を与える疾病は多くあり、これらをいかに防除するかが、畜産経営のうえで非常に重要である。
[正田陽一・西田恂子]
人類が初めて家畜化した動物はイヌである。およそ1万年から1万2000年前ごろのヨーロッパや西アジア各地の中石器時代の遺跡に、確実な家イヌの出土例がみられる。またアメリカ合衆国中西部にも同じくらいに古い家イヌの骨が出土している。これは、ユーラシア大陸に由来するオオカミの子孫と考えられている。イヌの家畜化が、中央ヨーロッパや西アジアなどでおこり各地に伝播(でんぱ)していったのか、あるいは多元的に発生したのかは、いまなお明らかでないが、いずれにしても狩猟民が家畜化を行ったことは確かである。イヌの祖先種であるオオカミは、狩りをする動物として、狩る対象の動物群の退避行動を巧みにコントロールし、そのうちの数頭を孤立させ捕食する能力をもっている。こうした能力は、他の動物に比し、ヒトになれやすい性向とともに、中石器時代にすでに猟犬としての役割をもっていたことを推測させる。また嗅覚(きゅうかく)に代表される鋭い感覚能力や、攻撃力、家畜化の過程で培われてきた忠誠心などは、古い時代からの番犬としての用途をもたらした。牧畜文化の成立以後は、牧羊犬のように、遊牧家畜の管理にこれらの能力が利用されてきた。しかし家畜化の当初は、ヒトの居住地近くにきて食べ残しや廃棄物をあさる習性が注目されたと考えられ、また肉畜として最初の用途があったともいわれる。イヌの肉を食べる風習は今日なお、東南アジア、東アジアと南太平洋を含む地域や、西・中央アフリカにみられ、中国では特別の食用犬種チャウチャウが生み出され、フィリピンでは尾が活力の源として貴重視される。他方でイヌの肉が忌避され、飢餓などの特別な条件の下でしか食べられない地域も広くみられる。これには宗教の影響があると同時に、イヌがヒトの忠実な従者として、ときに家屋内で飼われるように、イヌとヒトとの精神的な結び付きの強さが関係している。イヌは、その用途としてはすでに述べたものや、エスキモーのそり犬のような労役用のほかに、愛玩(あいがん)の対象として(他の用途との兼用も含め)現代に至るまで人類社会に深くかかわってきた。このことはまた、多種多様な形態をもつ品種の分化を生み出した。
イヌと同じくペットとして代表的なのはネコである。しかしネコは、イヌに比して家畜化の歴史が浅い。ネコは、その繁殖に人為的なコントロールが及びにくく、いまなお野生的性格をもっとも多く保持している。家畜化の起源は、古代エジプトでリビアヤマネコを祖先種として行われたと思われ、王国時代にはまったく普通の家畜として一般に飼われていた。家畜化の動機は、穀物貯蔵庫のネズミ退治にあったとされるが、偶像崇拝の対象、トーテムの一つとしても、早くから宗教的意義を帯びてきた。ネコの首をもつバステト女神の神聖な動物であり、飼いネコは丁重に葬られ、ときにネコのミイラがつくられた。今日なおエジプトでは、ネコが幸運をもたらすものと信じられている。
ところで、古代エジプトではイヌも崇拝の対象であった。イヌの祖先種との説もあるジャッカルは、ヒトの屍肉(しにく)をあさることから、その精霊も体内に取り入れると信じられ、冥界(めいかい)の王アヌビス神と同一視された。古代ペルシアにおいても、イヌはニワトリとともに、悪霊を追い払うものと考えられ、ギリシア神話のケルベロスは三つの頭をもつ冥界の番犬である。今日もヨーロッパの民間信仰では、夜にイヌがほえるのは死者の霊の近づいてくるのが見えるからといわれる。他方で、イヌを種族の始祖とする信仰もみられる。中国南部から東南アジア、内陸アジア、さらに東北アジアから北アメリカのエスキモーおよびイヌイット、そしてアサバスカン系の諸集団が住む広大な地域に、犬祖(けんそ)神話が分布する。代表的なのは、中国南部や東南アジアの山地民ヤオの槃瓠(ばんこ)神話である。また中国では古くからイヌが祭祀(さいし)の犠牲(いけにえ)とされ、古代インドや古代ペルーでも同様の風習があった。以上のような信仰上の重要性が家畜化の最初の動機であったかは明らかでないが、それが少なくとも家畜化の過程を促す要因であったことは確かである。
[田村克己]
イヌやネコなどのように、各家で1頭ないし数頭飼われる家畜は、家養家畜といわれる。他方で、本来の遊牧的・群居的生態を利用して集団的に飼われる家畜は、遊牧家畜と称される。後者は、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、トナカイなどの草食の有蹄(ゆうてい)類であり、これらの家畜化は人類社会にとり大きな意味をもった。すなわち、牧畜という生業が成立するとともに、家畜の遊牧的生態にあわせてヒトの居住地も移動するという遊牧民の生活様式が生み出された。有蹄類の家畜化の機縁として、約1万年前の西アジアの乾燥化のために、ヒトと動物が水場近くに接近して生活するようになったことが指摘できる。また人口増加と動物増殖とのバランスが崩れたことも重要な要因とされる。逆に、狩猟の対象となる動物がたくさんいると家畜化されにくいことになる。アフリカのサバナ地帯に豊富に生息する草食獣は家畜化されることがなかった。近年になって食糧危機からイランドなどの家畜化が試みられている。有蹄類の家畜化について、考古学的証拠や、遊牧民が農耕民との交換経済を維持していることなどから、農耕起源説がいわれるが、他方で、狩猟民と草食獣の群れとの共生関係から発展したとする狩猟起源説も唱えられる。すなわち、草食獣の一部がヒトに狩猟されるかわりに、肉食獣からの保護をヒトによって与えられるという関係である。狩猟民が雄を選別狩猟することは、雄のと畜や去勢という家畜の人為淘汰(とうた)の技術につながるものであり、また狩猟民が動物の子を生け捕りにして飼ったことも十分に考えられる可能性である。
ところで、家畜化の始まりを北方ユーラシアに生息するトナカイに求める説が、かつて唱えられた。人尿中に含まれる塩分や保護を求めて近づくトナカイが、狩猟民との共生関係を経て、群れごと家畜化され、これに倣ってウマや他の動物が家畜化されたとの考えである。現在この説は考古学的証拠などから否定されており、トナカイ遊牧は、搾乳や騎乗などの技術と同様に、中央アジアの遊牧民の影響によるものとされる。しかしシベリアの諸民族やヨーロッパ北部のフィン人、サーミ人の間でトナカイは、そり引き用、荷駄用、乗用などの役畜として重要であり、また肉、骨、皮なども広く利用されてきた。その繁殖に人為的な干渉の及ぶことは少なく、野生種との交雑はしばしばおこった。そのため形質上、家畜化の影響は少なく、品種分化もみられない。この点トナカイは半家畜化の状態にあるともいえよう。
有蹄類の家畜化に関する最古の証拠は、西アジアの新石器時代初期の遺跡から出土するヤギ(またはヒツジ)の骨である。家畜化を行ったのが狩猟民か農耕民かはさだかではないが、イネ科作物の育つ農地に侵入する野生ヤギの捕獲から家畜化が始まったとの説がある。ヤギは草や樹木の葉や若芽を好んで食べる性質があり、定着農耕の初期に飼われて開墾の手助けに用いられたともいわれる。ともかく家畜化されたヤギは、西アジアから東西に広く分布していった。その背景には、ヤギが多様な環境に適応する能力をもち、容易に再野生化するように、粗放な飼養管理に耐えうることがある。また、家畜化の初期の用途と考えられる肉用のほかに、乳や皮、毛の利用などの有用性も、その理由にある。中央アジアから西アジアの乾燥地に分布するカシミヤ種やアンゴラ種は、毛用ヤギの代表的なものである。
ヒツジもヤギと同じく古くから家畜化され、初期は肉や脂肪が重視されたが、中央アジアで開発された羊毛からフェルトをつくる技術とともに、毛用としての価値が増大した。そしてのちにヨーロッパで羊毛工業と結び付き、イギリスでの近代化、産業革命に多大の貢献をした。ヒツジとヤギはヨーロッパ南部の山間部で移牧飼育されており、中央アジアからアフリカにかけての牧畜民の間で、他の家畜とともに遊牧されている。ヤギは各地の農耕民の間でも家養家畜として飼われ、肉や、一部で乳が利用されている。しかしヤギは一般にウシよりも軽視されており、たとえば東アフリカのウシ遊牧民の間では、比較的簡単にと畜され、犠牲や婚資に用いられる場合も価値が劣るとされる。なお古代メソポタミアのアッシリア時代には、ヤギが神聖な意義をもち、神への犠牲とされた。『旧約聖書』にもヤギがしばしば言及され、ヒツジ、ウシとともに神への犠牲獣として述べられている。
[田村克己]
人類の経済史上、より大きな役割を果たしてきた家畜は、ウシとブタであろう。両者とも、ヤギにすこし遅れて7000年から8000年前に家畜化された。いずれも定着農耕民の手によると考えられているが、ウシの家畜化中心地がアナトリア地方など地中海の北東部と想定されるのに対し、ブタの家畜化中心地は明らかではない。今日なおブタが放飼いされ、野生のイノシシとの交雑のみられる東南アジア地域に起源を求める考えもあるが、各地でそれぞれに家畜化されたとの見方も強い。ブタ家畜化の多元説は、動作が遅く移動に適さないブタの性質にもよっている。このためブタは遊牧民の家畜として取り入れられることなく、定着農耕民の間にあって、なれやすく太りやすい性向と雑食性、多産性を利用され、肉、脂肪の食料資源として飼われてきた。南太平洋の島々のブタは、紀元前2000年ごろに原マレー人がもたらしたものであるが、他の大形家畜のいないこともあって、大きな価値をもっている。メラネシアでは、供犠(くぎ)に用いられ、貨幣の機能をもち、婚資の支払いなどにあてられる。中国でも、豚肉はもっとも価値の高い肉であり、三牲(せい)の一つとして儀礼に用いられ、東南アジアの一部にはブタを種族の始祖とする神話がある。中東地域においても古くはブタが飼われ、神への犠牲獣にも用いられていた。その後、ブタに対する嫌悪の観念がこの地域を中心に広がり、今日なおイスラム教徒やユダヤ教徒などは、ブタを不浄視して食べない。ヘロドトスは、古代エジプトにおいてもブタが不浄な動物とみなされ、特定の集団によってのみ飼われ、オシリス神にだけ供犠されたことを述べている。ブタの不浄視は、定着農耕民の生活様式を軽蔑(けいべつ)し、移動に不適当なブタをそのシンボルとみて嫌悪する遊牧民の感情に根ざしているといわれる。ヨーロッパにおいて、豚肉が忌避されることはなかったが、中世に悪魔が好んで雌ブタに変身するとの俗信が流布されたように、しばしば嫌悪や軽侮の対象とされてきた。
ブタに対する低い取扱いに比し、ウシの地位はきわめて高い。ヒンドゥー教徒のウシの肉への忌避は、ウシの神聖視に由来する。ウシは古くから広範に崇拝の対象とされ、イシュタル(バビロニア)、イシス(古代エジプト)、デメテル(古代ギリシア)、ケレス(古代ローマ)、シバ(インド)などの、農業と結び付いた諸神の神聖獣とされ、中国でも人身牛首の農業神、神農氏が伝わる。また、イスラム教圏を中心に分布する、大地を支えるウシの観念など、神話の世界においてもウシの重要性がうかがわれる。ウシの飼育の起源を月神への供犠用に求める説は現在否定されているが、ウシの供犠は、古代オリエント世界やベーダ時代のインド、あるいは中国の殷(いん)代などで行われており、多く豊穣(ほうじょう)の観念に結び付いていた。今日なお東南アジアの農耕民の間で、ウシあるいはスイギュウの供犠の風習が存在し、富や豊穣の呪(じゅ)的促進がその重要な機能とされている。
以上のようなウシの重要性は、その高い有用性による。ウシは肉、乳や皮などの利用のほかに、前5000年から前4000年ごろに西アジアで発明された犂(すき)と結び付くことで、貴重な役畜として農耕民の間に定着していった。さらに車輪の発明は、ウシを牽引(けんいん)に用いることで、遠距離、大量の物資輸送を可能とした。牧畜民においてもウシは重要な家畜である。搾乳は最初ヤギで行われたがウシにも応用され、多様な乳製品の生産技術が生み出されていった。東アフリカのウシ遊牧民では、ウシの自然死や供犠の場合のほかに肉を食べることはないが、乳や血を食用とし、糞(ふん)を燃料や壁土に、尿を洗顔に利用するなど、ウシを生活に不可欠な資源としている。それゆえウシは賠償や婚資に用いられ、その数によって社会的地位が決定され、それをめぐって社会関係の設定や争いがおこるなど、重要な社会的意味をもつ。また他の牧畜民社会と同様に父系血縁集団が存在し、男性の年齢組織が発達している。これらはおそらく家畜の管理が男性の手にあることと関係している。
アジアの南部にみられるスイギュウは、インダス文明において家畜化され、犂牽引用や乗用以外に、一部で肉や乳も利用されている。バリウシ(バンテン)とヤクは、それぞれインドネシアとヒマラヤ高地を中心とする地域で、おもに労役獣として分布する。バリウシは肉が、ヤクは乳が利用される。アッサムからビルマ(ミャンマー)にかけての山地民の間に半野生の状態で飼われるガヤル(ミタン)は、儀礼の供犠用である。
[田村克己]
ウマは、ウシに比べ、飼育に手数がかかり、多量の栄養価の高い飼料を必要とする。このため農耕民の間に役畜として広範に浸透することはなかったが、その力や速さゆえに支配階級の家畜として尊重されてきた。「庶民のウマ」といわれるロバは、前3000年ごろにはエジプトで家畜としてみられ、家畜化の動機は荷駄用にあったとされる。同じころメソポタミア地方では、ウマ属のオナーゲルが家畜化され、おもに車を引くのに用いられていた。オナーゲルはその後ウマに置き換えられ、家畜としては放棄されているが、ロバは今日も輓(ばん)用、荷駄用また乗用の役畜であり、一部で肉や乳も利用される。中国の北部や西アジア、地中海地方では日常生活に重要な役割を果たしている。雄ロバと雌ウマの交配から生まれるラバは、温順で力の強い性質をもち、役畜として有用である。
ウマの家畜化は、前3000年ごろに南ウクライナの草原地帯の新石器文化におこったとされる。その後ユーラシア大陸の内陸部の草原には、ウマに大きく依存した遊牧民文化が形成されてきた。彼らにあってウマは、乳や肉が貴重な食糧源であるとともに、ウマ自身や他の家畜の群れの管理・防御のために、あるいは戦争や略奪などに要求される機動力をもたらす乗用獣として、重要な役割を果たしている。それゆえウマは、男子の家畜とされ、社会的身分や富の尺度となり、また天神の供犠に用いられた。ウマの犠牲の風習は、アルタイ系諸族や古代中国のほかに、インド・ヨーロッパ系諸族の間に分布する。ローマ人などは戦神への供犠にウマを用い、古代ペルシアやスキタイでは、王の死にあたって多数のウマを殉葬した。このようなウマの宗教上の意義は、王権や軍事とウマとの実際上のつながりを反映している。古代オリエントの文明世界に入ったウマも、第一義的には軍事や支配に結び付いて用いられた。まず前2000年ごろの戦車を引くウマの出現は、戦争の様相を一変させ、続く騎馬術の発達普及は、それから後の歴史を彩る大規模な征服や政治統合を可能にした。スキタイ、匈奴(きょうど)、モンゴルなどの北方の騎馬民族の隆盛、アレクサンドロス大王の遠征、ローマ帝国の統合、イスラムの拡大、遠くアメリカ大陸におけるスペイン人の征服など、いずれもウマの役割を抜きにして語れない。実際に、20世紀初頭に至るまで、騎兵戦術は歩兵とともに戦争の根幹にあった。こうしたウマのもつ重要性は、肉畜としての利用を妨げた原因の一つと考えられる。中央アジアの遊牧民でも、ウマを殺すのは祭儀などの機会に限られる。またウマの速さは楽しみとしての競技に利用されている。競馬は古代ギリシアにすでにみられるが、ギリシア・ローマ時代にはウマの戦車競走が盛んであった。家畜の競走は、イヌやラクダ、トナカイなどにもあり、また闘牛、闘犬、闘鶏のように家畜が闘技にも利用される。
ラクダも軍事上有用である。ラクダは十分に速く走ることができ、少量の食物や水だけで乾燥地でも長く耐える能力をもっており、その騎乗は行動範囲の拡大をもたらした。アラビアの遊牧民の農耕民に対する優越は、ラクダの軍事力によるともいわれる。ムハンマド(マホメット)の聖遷もラクダの騎乗に負っている。乗用のラクダはヒトコブラクダで、アラビアから北アフリカにかけて分布する。これに対しフタコブラクダは、西アジアから中央アジアにおいて、おもに荷駄用に利用される。それは、砂漠を越えて行く隊商に不可欠の動物として、商業や文化の交流に重要な役割を果たしてきた。ラクダの家畜化について、その起源地や時期、また両種のラクダが別々に家畜化されたかどうかなど、いまだあいまいである。少なくとも前二千年紀の末ごろにはメソポタミア地方で乗用として存在していた。ラクダはまた乳や毛、皮が利用され、糞(ふん)も燃料とされる。肉も一部で食べられるが、宗教上の用途はみられない。南アメリカのアンデス高地にいるラマとアルパカは、それぞれラクダ科のグアナコとビクニアが家畜化されたものともいわれ、主として前者は荷駄用、後者は毛用である。なおゾウも、戦争に利用されることがあり、東南アジアにおいて労役用に使われるが、たいてい野生のものがとらえられ順化されるので、家畜といいがたい。
[田村克己]
ハトは平和の象徴といわれる。キリスト教では聖霊の象徴とされ、中世の僧院では盛んに飼育された。ハトは、その美しい姿や柔和でなれやすい性格のため、古くからヒトと親密な関係をもってきた。古代エジプトでは、家バトの祖先種カワラバトが鳩櫓(きゅうろ)に半野生の状態で飼われていた。古代中近東では、ハトがセミラミス女神の神聖鳥として崇拝されていた。ハトの家畜化は、この地域で少なくとも紀元前に行われたとされる。のちにイスラム教徒もハトを神聖不可侵なものとして非常にたいせつにしてきた。このことの背景には、中近東地方においてハトの糞が肥料などとして重宝がられる点がある。中国のハトは遅れて独立に順化されたが、ここでは家バトが食用にされる。ハトを通信用に利用することは古代エジプトの昔から広く行われており、この点で軍事上も重要な役割を果たしてきた。しかし、ハトは今日なお大部分愛玩用として人々に愛されている。
ニワトリも、その羽の色や形、また鳴き声が人々に愛され、一部に愛玩用の品種が生み出されている。しかし、ニワトリが家禽(かきん)のなかでもっとも密接に人類の生活にかかわってきたのは、その早熟性、多卵性や雑食性に負う経済的有用性に原因している。その家畜化の起源はおよそ5000年前で、野生種の生息する東南アジアからインドにかけての地域と推測されている。家畜化の動機としては、肉の利用のためより、闘鶏用や夜明けの時を告げる役割が考えられており、また宗教的意義も早くから付与されていた。古代ペルシアのゾロアスター教では光・太陽の象徴として神格化され、古代ローマでは予言の能力があるものとみなされた。ゲルマン人も、鳴き声が夜の悪魔を追い払うものと考え、その肉を食べなかった。現在なおニワトリを神聖視して肉を忌避する風習は、アジアからアフリカにかけ点々とみられるが、その他の所ではニワトリの肉や卵は重要な食糧資源となっている。
同じく肉や卵が利用されるガチョウは、すでにエジプト旧王国時代に飼われ、最古の家禽ともいわれる。羽毛も装飾や羽ぶとんなどに用いられる。アヒルも肉や卵が利用されるが、家畜化は比較的新しく各地で行われたらしい。ホロホロチョウもおもに肉用として、すでに古代ギリシア・ローマ時代の家禽であった。肉用禽のシチメンチョウは中米起源の家禽である。
なおアメリカ大陸起源の家畜にはほかにクイ(テンジクネズミ)があり、古代アンデス地域の人々の間で食用、犠牲用に飼われた。ウサギはスペインで家畜化されたものであるが、毛、毛皮の利用のほかに、モルモット同様に愛玩用としても飼われている。
[田村克己]
『内藤元男監修『畜産大事典』(1989・養賢堂)』▽『畜産大事典編集委員会編『新編畜産大事典』(1996・養賢堂)』▽『野澤謙・西田隆雄著『出光科学叢書18 家畜と人間』(1981・出光書店)』▽『加茂儀一著『家畜文化史』(1973・法政大学出版局)』▽『H・デンベック著、小西正泰他訳『家畜のきた道』(1979・築地書館)』
家畜とは人間の生活に役だてるために,野生動物から遺伝的に改良した動物である。東南アジアで使役されているアジアゾウや,鵜飼いのカワウ,鷹狩りのハヤブサなどは人間にとって有用な動物ではあるが,野生のものから遺伝的に改良されているとはいい難いので家畜に含めることはできない。家畜は利用の目的によって農用動物farm animal,愛玩動物(ペット)pet animal,実験動物laboratory animalに大別することができるが,狭義の家畜としては農用動物のみをさすこともある。農用動物は乳・肉・卵・毛・皮革・毛皮・羽毛などの畜産物を生産する用畜と,労働力を利用される役畜に分けられる。現在,世界で家畜として取り扱われているおもな動物は次のとおりである。
(1)哺乳類 ウシ,バリウシ,ヤク,スイギュウ,ヒツジ,ヤギ,ヒトコブラクダ,フタコブラクダ,ラマ,アルパカ,トナカイ,ブタ,ウマ,ロバ,イヌ,ミンク,フェレット,ネコ,ハムスター,マウス,ラット,モルモット,ウサギ。
(2)鳥類 ニワトリ,ウズラ,シチメンチョウ,ホロホロチョウ,ハト,アヒル,バリケン,ガチョウ,カナリア。
(3)魚類 コイ,キンギョ。
(4)昆虫類 カイコ,ミツバチ。
しかし普通に家畜というときは,魚類,昆虫類に属するものは除いて,哺乳類,鳥類に属するものだけをさす場合が多い。また鳥類に属するものを家禽(かきん)として,これに対して哺乳類のものだけを狭義の家畜と呼ぶこともある。
人類が家畜化に成功したのは今から約1万年前であったとされている。最初に家畜化されたのはイヌで,狩猟民の手でオオカミから馴化(じゆんか)された。次いでヤギとヒツジが野生ヤギ(ベゾアール,マーコール)や野生ヒツジ(ムフロン,アルガリ,ウリアル)から馴化された。馴化したのは狩猟民とする説と農耕民とする説がある。次にウシがオーロックスから,そしてブタがイノシシから農耕民の手によって家畜化された。ウマとニワトリの家畜化はずっと新しく今から5000年ほど前と考えられる。ウマの祖先種はモウコノウマで,ニワトリの祖先種はセキショクヤケイである。家畜化の動機としては宗教的な動機を重視する説もあるが,やはり食糧資源の確保という経済的な目的が大きかったと見るべきであろう。ほとんどすべての家畜が肉用のために飼育され,家畜化された後に乳用や役用などの利用が始まったものと考えられる。
家畜はその利用目的に向かって,長い年月改良が重ねられた結果,同一種の中に用途により,また飼養される土地によって,異なった特徴をもつさまざまな品種が成立している。例えば同じウシでも乳用種のホルスタイン種と肉用種のアバディーン・アンガス種では体型がまったく異なり,前者はやせて骨張っていて乳房が大きく発達しているのに,後者は長方型で豊かな充実した体軀(たいく)をもち,いかにも肉牛らしい姿をしている。また同じイギリス産の乳用牛でも北のスコットランド原産のエアシャー種は寒さに耐える力が強く,南のジャージー島原産のジャージー種は比較的暑さに強い性質を備えている。このような改良された品種の生産能力をさらに高めるためには,遺伝的に優れた資質をもつ個体を選抜し,それを種畜として繁殖に供用することが必要である。そのため生産能力を調べる能力検定や体型の良否を判定する外貌審査,個体の血縁関係を明確に記録する血統登録などの事業がそれぞれの家畜品種ごとに行われている。この育種の成果は目覚ましいものがあり,野生の祖先種とは比較にならない高能力の個体が作られている。例えばヤケイは年に十数個の卵しか産まないのに,採卵用のニワトリには年間365卵を産むものが作られているし,子ウシに飲ませる分しか泌乳しなかった野生の原牛から育種されたホルスタイン種には年に2万kgの牛乳を生産するものさえある。
粗放な飼養形態では雌雄を一緒の群にして交配を自然にまかせる場合もあるが,効率の良い増殖をはかりまた育種の効果をはかるためには,計画的に繁殖を管理する必要がある。野生動物は一般に種に固有の繁殖季節をもつが,家畜ではウシ,ブタのように周年繁殖のものもある。ウマは春,ヒツジ,ヤギは秋が繁殖季節である。繁殖季節には雌は周期的に発情が訪れ,この期間だけ雄を許容するから,発情兆候をみて適期に交配する。最近は人工授精の技術が普及したので交配のため家畜を輸送する手間が省け,また少数の優れた雄畜を有効に利用することが可能となった。精液は超低温で凍結すれば数年間の保存も可能である。さらに近年,雌の生殖細胞(卵子)の有効利用のため受精卵移植や人工多胎などの技術も進み,実用化に近づいている。妊娠が成立したか否かを早期に判断する早期妊娠診断も繁殖効率を高めるために効果的であり,さらに分娩(ぶんべん)後,子畜を長く哺乳させることは母畜への負担が大きく,次の繁殖へも影響するので早期に離乳し,人工乳で育成するなどの技術も行われている。
ウシ,ウマ,ヒツジ,ヤギなどは草食性であり,牧草地へ放牧して飼育するのが自然であり,家畜の健康にも良い。育成期間中は放牧中心で飼われることが多い。しかし利用や管理の面から畜舎に収容して舎飼いする場合もあり,都市近郊の搾乳業者などは舎飼いを中心に濃厚飼料を多給する集約的な飼養を行っているし,肉牛肥育でも追込牛舎で濃厚飼料を不断給飼する経営が多い。ウシ,ヒツジ,ヤギなどの反芻動物は4室にわかれた複胃をもち,その第一胃には微生物がいて粗繊維の消化を助けている。第一胃の正常な活動を保つには繊維の存在も必要である。冬季の粗飼料としては乾草やサイレージが利用される。家畜の必要とする栄養素は,人間と同じようにタンパク質・脂肪・炭水化物・無機物・ビタミンであり,これらを過不足なく給与するために,家畜の種類,飼養目的にしたがって必要養分量を定めた飼養標準が作られている。ブタとニワトリは本来雑食性であり,粗繊維が少なくタンパク質含量の高い濃厚飼料を給与するほうが生産効率が高くなる。そのため土地との結びつきが弱く,極端に集約的な多頭羽飼育経営が多く加工業的な性格をもつ家畜ということができる。養鶏業では金網の籠で多段式に収養して飼育するバタリー式も広く用いられている。
家畜として馴化された野生の動物が,人に飼育管理されるようになると,しだいに飼育の目的に応じて個体管理や家畜群としての管理,すなわち少頭数のていねいな管理から多頭羽の経営主体の飼育へと変化する。また農作業用の牛馬を飼っていた農家は,役利用のほかに,生産される糞尿を有機質肥料として田畑へ還元する有畜経営から,ウシ,ブタ,ニワトリなどの大頭羽を飼育する専業経営へと転換してきた。このような専業化に伴い,家畜の衛生もその飼養上,計画的な対応が必要となってきた。このためには感染病,とくに伝染病の予防,飼養衛生,環境衛生の面からも家畜の健康の保全に努めなくてはならない。家畜の飼育でもっとも被害の大きいのは,一度に感染する病気とくに急性,悪性伝染病の伝播(でんぱ)である。これらの原因は主としてウイルス,細菌および寄生虫で,これらの感染源の侵入の防止,保菌動物の発見,感染経路の遮断,および適切な予防処置の徹底が大事である。感染家畜には免疫血清による受動免疫の賦与,適当な抗生物質や保存療法によって病勢の緩和と回復をはかる。伝染病の予防には病原に対する予防液の接種による能動免疫の確立がもっとも望ましい。免疫力も強く持続性であるが多少の日数が必要で,前記の免疫血清療法との兼合いが必要な場合も生ずる。寄生虫の予防策は病原の根絶,中間宿主や媒介体の駆逐が第一に行われなくてはならない。患畜からの虫体,虫卵,子虫の散乱を防ぐことも必要である。家畜の飼育の目的によって,必要なエネルギー,必須アミノ酸,ビタミン,ミネラルの確保は飼料の面から重要で,また保存の不良による変敗した飼料を与えてはならない。畜舎衛生としては保温,通風,換気,飲水,排泄物などにも十分な条件を配慮すべきである。
日本にも縄文・弥生時代から家畜が飼われていたことが遺跡から推察されているが,産業的に飼育が始まったのは明治以降といってよい。日本古来の在来家畜としては見島牛・北海道和種・木曾馬・御崎馬・尾長鶏・東天紅などが残っていて,一部のものは天然記念物に指定され保存が講ぜられている。明治に始まる近代畜産業は第2次大戦後,食生活の欧風化に伴い急速な発展を見せ,乳牛193万頭,肉牛290万頭,豚990万頭,採卵鶏1億9100万羽,ブロイラー1億2000万羽が飼われている(数字は1996年現在)。ニワトリの飼養羽数は総数で世界6位にあたり,耕地面積当りの飼育密度を比較するとニワトリは世界1位,ブタは5位になる。つまり日本の家畜は濃厚飼料依存の加工業的性格をもつものが中心となっていることがわかる。ウマは戦後激減し3万頭が飼われるのみで,ヒツジ(2.5万頭),ヤギ(3万頭)もきわめて少ない。
→畜産
執筆者:正田 陽一+本好 茂一
家畜を畜産学や動物学的見地から定義すると,それは野生動物と対立し,生殖や生存が人間の管理下におかれた動物であるということになる。ただ,広く世界諸地域を見渡し,家畜種に応じてそのあり方をみると,その管理のされ方,取扱い方にはさまざまな違いがあり,上記の定義に従って截然と区別できない例も少なくない。東南アジアやインドネシアで村里に飼われている鶏や豚は,森の野生種と交配することがまれでなく,家畜化された品種と野生種との間に連続した遷移がみられ,どこからが家畜品種か決めがたい。野生種からの遺伝的隔離が,必ずしも一般的とはいえない例といえよう。
ところでこのような対象それ自身についての生物学レベルでの区別の不明確さに加えて,家畜を野生動物から区別するに当たって,動物学者や畜産学者と同様の意識をどの民族もが等しくもっているとは限らない。また,家畜という概念を一般的に,あるいは通文化的に示すことは,そう容易なことではない。先の定義に対応する語彙がどの民族にもあるわけではなく,日本語の〈家畜〉という語も,いうまでもなく,英語のドメスティック・アニマルdomestic animalという語の翻訳語である。ラテン語においては,ドメスティクスdomesticus,つまりドムスdomus(家)についた動物,言いかえれば家人の管理下におかれた動物は,シルウァティクスsilvaticus(森の),つまり野生の動物と対立し,その中心的動物としては,羊,ヤギ,牛,馬等有蹄類家畜が考えられている。ところで日本においては,このような意味での家畜というカテゴリーはなかった。たしかに〈飼犬〉〈飼猫〉〈飼蚕(かいこ)〉というように〈飼われたもの〉というものを指示する言葉はある。しかし牛も馬も鶏も飼われてはいても,哺乳類家畜は〈けもの〉に,鳥類家畜は〈とり〉という,野生種をも含めた上位カテゴリーに包括されて,それらを横断して,飼われたもの一般を指すカテゴリーは,語彙として存在しない。
中近東やヨーロッパでは,主要家畜である有蹄類家畜が放牧されるとき,そこには必ず群を管理する牧夫というものがいる。それは一つの職業として確立している。ところが日本では,ヨーロッパ流の舎外的酪農経営が明治時代に導入されるまで,放牧的管理を行う牧夫はほとんど存在しなかったといっていい。冬季はともかく,夏,家畜を牧(まき)に放牧するにあたっても,牛馬は秋が来て里に下ろすまで,放置されているにすぎないのが一般的であった。四六時中,そして年中,人の管理下に置くということのない管理状況の下で,これらの家畜は,自然と文化の間を行き来する中間的あり方をしていたといってよい。家畜というものを文化のレベルで考えようとするとき,こういう対象動物と人のかかわり方,そしてそれに対する意識のあり方を知っておくことは,基本的に重要な論点の一つであろう。
ところで上記の家畜の定義に従って,家付きの,人の管理下に入った動物というものを考えるとき,そこには有蹄類家畜だけにとどまらず,犬,猫等の哺乳動物,そして鶏,鳩,アヒル等々の鳥類,さらに鯉,金魚等をはじめとする魚類,そして蚕等の昆虫類をも含めなくてはなるまい。いまこれらすべてを含む家畜概念を広義の家畜といっておこう。それらが人間にとってもつ意味は,もちろん食糧資源の提供という以外に,大型家畜については運搬,耕作,戦闘といった用途が見いだされている。ほかに毛,皮,糸等加工材料の供給源としての観点から,家畜化されたものもある。また人間の友としてあるいは僕(しもべ)として,そのもつ行動的習性に目をつけて家畜化された犬,猫,さらには美しさのゆえに飼育された魚や鳥といったものもある。人間の管理下におく動機ないし用途にはさまざまな幅がある。しかもどの地域でも等しく同様の動物を家畜化したのではなく,いかなる家畜を開発したかには,地域的選好性があるかにみえる。たとえば羊,ヤギ,馬,牛等の有蹄類家畜は,中近東においてその家畜化が進められた。長い歴史の過程を経て,それらはほとんど全世界にまで分布するようになったが,その管理技術の展開において,中近東,ヨーロッパ,そして中央アジアは他の地域を凌駕している。ところが,魚,とくに淡水魚については,東アジアからオセアニアにかけての地域は,早くからその飼養を開始し,金魚や鯉の品種改良は,西欧世界での馬や犬の改良に匹敵するものがある。また昆虫である蚕については,西方でも独自に養蚕は開発されはしたものの,その一大中心は中国を中心とした東アジアであった。いかなる動物に目をつけ,それを人の管理下において,人間にとっての用を引き出すか,それは文化,いや文明レベルで,大きな偏差がある。
ところで狩猟民にとっての動物は,家畜化された動物を管理する者にとっての動物とは異なる。しかし狩猟民にとっても動物は知るに値する対象であり,微細に野生動物の個々を観察して,象徴的な思考の材料として動物を用いている。しかし彼らにとっての対象動物は,どこまでも見えがくれする存在であって,それ自身,独自の異なった世界に生息する存在としてみられる。それに対して家畜化された動物は,まさに管理されたものとして〈われわれ〉自身の世界に属し,眼下にさらされているばかりか,こちらの用に応じてそれぞれ独特の性格をもった対象となる。こうして,固有の対象家畜に対する認識の様態,そして意味の付与の形式が生ずる。
もちろん魚や蚕のように,哺乳動物に比べれば下等なものが集団的に管理される場合,その個別性は問題にならない。ところが,牧畜家畜のような有蹄類の哺乳動物においては,その性,年齢に応じた管理のほか,群内リーダー,母子関係,乳産の有無といった類別的なカテゴリーに応じた管理がなされるばかりか,各個体の行動習性までもが注目の対象となる。狩猟民にとっては,対象動物を年齢や母子的系列に応じて識別するなどということはまず不可能であり,性ないし老幼に応じた弁別的分類名称の付与があることはあっても,それらを無視した種名で個体が指示されるのが一般である。まさに無名なる存在なのである。それに対して牧畜民は,性,年齢,経産の有無,乳産の有無,去勢の有無等生理的特徴に応じて群内個体を類別的に弁別し指示する名称群をもっている。また搾乳による母子介入という点からも,母子系列が注目され,東アフリカの例にもみられるように,その系列ごとに固有名が付されることもある。さらに大家畜については,名を呼べばこたえることもあって,固有名付与が一般で,これらの事実からも,牧畜民の家畜への態度には野生動物と明らかに異なるものがある。おまけにこれら有蹄類家畜は,資産を増殖する資本としての価値が大きく,個別的所有の意識が強くなる。所有者のマークが付けられるばかりか,婚資(花嫁代償)や賠償等の交換手段として,さらに課税の対象として,経済的な動産として位置づけをうける。
ただ管理や経済的観点からみられるかぎり,個々の家畜個体は,類別的分類の中での個体にすぎない。ところが大家畜のように耕作用,乗用といった,特定個人と特定個体とのなじみの関係を前提とした利用にあっては,当の家畜は,情緒にもとづく擬人的関係対象としてつきあわれることになる。それは犬,猫などのペット的家畜についてもいえることだが,彼らは個性をもった個体として,固有名を付される。もちろん彼らは,友であり僕(しもべ)でありながら,人としての友や僕と同一ではない。競馬用の馬も,固有名を与えられながら,人名をそのまま転用する例はきわめてまれである。いったいどのような固有名が付与されるかは,ときにこれら家畜への人の側からの関係意識を反映していることがある。
ヌエル族では牛は婚資として用いられる。また口論や暴力沙汰の代償として牛が支払われる。また供犠としても用いられる。E.E.エバンズ・プリチャードは,〈ヌエル族ではすべての社会過程や社会関係を,牛を用いて表現する傾向がみられる。つまり彼らの社会に関する慣用語は,牛に関する慣用語と同一なのである〉と言っている。未開社会で,家畜が野生動物とは異なった系列に属するものとして,特異な思考の材料に用いられることは少なくない。いや未開社会にだけとどめる必要はない。日本では例外的にその発達が貧弱だが,罵倒語としていかに多く家畜が用いられているか。それらをみるだけでも,社会関係に関する慣用語として家畜が用いられている証拠を知るに十分であろう。
→家畜化 →牧畜文化
執筆者:谷 泰
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…また,寒冷地においては防寒用に,さらに儀礼の際の身体装飾用に油脂を体に塗ることもかなり早い時期から始まっていたであろう。 動物性の油脂を大量に使用するようになるのは家畜の出現を待たねばならない。クジラやアザラシなどの海獣を除くと,野生の動物は一般に油脂成分が少ないが,家畜化されると急速に脂肪がつき始める。…
…大きな舟にはおおぜいの漕手が必要だが,このような大きな運搬手段には,多くの人力を動員しうる社会関係の組織化が対応している。 家畜は当初は,食料や日用品の材料,そして宗教的犠牲のために飼育されたものであろうが,大型の牛,馬,ロバは荷をのせる駄獣として,そしてやがて牽引用として利用されていった。農耕に向かない土地,たとえばアルプス,ヒマラヤ,アンデスの高地あるいは西南アジアや内陸アジアの乾燥地帯の草地などが家畜の力によって利用できるようになり,農耕と牧畜の分業による相互依存ができあがる。…
…去勢により雄は雄性ホルモンの分泌が絶たれるため二次性徴は消失する。ヒトでは前立腺癌や乳癌などのホルモン依存性腫瘍の治療のため去勢を行うが,家畜ではその利用価値を高めるためにしばしば用いられる。すなわち肉用家畜では雄畜の肉の不快なにおいが除かれ,かつ筋繊維が細かくなって肉質が向上するうえ,脂肪の蓄積がよくなって肥育性が増す。…
…これが縄文文化の基盤であり,原始的な農耕によって縄文経済が支えられていたとする,いわゆる縄文農耕説は疑問である。
[家畜の飼育]
早期初頭の神奈川県夏島貝塚からイヌの骨格が発見されており,世界的にも相当古い飼育例となる。さらにイヌの死体も手厚く葬られており,狩猟あるいは愛玩用としての縄文人との緊密な関係がうかがわれる。…
…装身具として自然金を用いることはあっても,銅,鉄などの金属を加工する知識はもたない。そしてさらに,農耕と家畜飼育の存在と,土器の使用をも考慮に入れている。これらのうちラボックが最も重視したのは磨製石器の出現であったが,打製石器しかみられないデンマークの貝塚文化(エルテベレ文化)を新石器文化として扱っている。…
…農業生産は植物生産と動物生産の二つに大別されるが,養蚕を除く動物生産にかかわる農業が畜産である。畜産は家畜飼養を中心にした農業だということになるのであるが,人間生活にとけこんでいる家畜,家禽(かきん)のなかには犬,猫,小鳥といった愛玩用の動物も含まれており,畜産という場合はこれらの愛玩用家畜・家禽は含めない。役用に供する牛・馬,肉にする牛・豚・鶏・七面鳥,卵をとる鶏,乳を搾る乳牛,毛をとる羊など,生産目的に飼養する家畜が畜産の対象家畜である。…
…この脂肪濃度,pHの変化を子が感じとって自然に哺乳を中止し,満腹感覚の未発達な乳児期初期の乳の飲みすぎを調節するのだという仮説がある。
[人工乳]
人乳に代わるものとして,かつては牛乳,山羊乳などの家畜の乳や,穀粉汁などが用いられたが,最近では,牛乳や大豆を加工した人工乳が用いられる。おもな人工乳は,牛乳を加工した育児用調製粉乳である。…
…肉食の儀礼的手順の一つであるが,これは血を流し出し,それを自然に帰すことによって肉を受容するという観念とかかわりがある。ユダヤ教世界でも,家畜であれ野生の狩猟獣であれ,血を祭壇または野で流し出したのち,はじめて肉食が許されるという規定がある。家畜の血は神に属するゆえに神に返さねばならない。…
…農業とは,土地を利用して作物の栽培または家畜の飼養を行い,人間にとって有用な生産物を生産する経済活動であり,そのような活動を行う産業である。人間に有用な農業生産物は食糧と一部の工業原料であるが,農業はそれらを,土,水,太陽エネルギーなどの自然力を利用して作物として生産し,また家畜を繁殖,肥育させることによってそれを生産する。…
…その過程で各地の自然環境や社会環境に適応し,農耕文化にはさまざまの類型が生み出されたが,少なくとも発生の系統や農耕の特色など,いくつかの点から大分類すると,旧大陸で三つ,新大陸において二つの農耕文化の大類型を設定することができる。
【旧大陸の農耕文化】
[麦作農耕文化]
この文化は冬雨気候をもつオリエントのいわゆる〈肥沃な三日月地帯〉において,大麦,小麦,エンドウ,ダイコンなど,一群の冬作物を栽培化し,羊,ヤギなどの家畜を馴致することによって成立したものである。その起源はイラクのジャルモ,イランのアリ・コシュ,シリアのテル・アスワド,パレスティナのイェリコなど先土器新石器文化の遺跡の発掘により,前8千年紀から前7千年紀にまでさかのぼることが確かめられている。…
… ヒツジ属の野生種には,角の基部に近い部分の上面(三角形の底辺を含む面)と内面の境,すなわち内縁が鋭く顕著で,上面と外面の境,すなわち外縁が丸く不明りょうなユーラシア系の種と,反対に外縁が鋭く顕著で,内縁が丸く不明りょうなアメリカ系の種とがある。ユーラシア系の種には,家畜のヒツジの原種と見られるムフロンO.musimon(サルデーニャとコルシカ)とアジアムフロンO.orientalis(小アジア,イランなど。ただしこれらを同一種とみなす学者もあり,その場合はムフロンの学名はO.orientalisとなる)のほか,ウリアルO.vignei(イラン,カシミール)およびアルガリO.ammon(アルタイ,ヒマラヤ)があり,アメリカ系の種にはビッグホーンO.canadensisがある。…
… ただ牧畜生活の特異性を指摘しただけでは,牧畜の食生活上の特異性を見失うことになる。牧畜家畜の大半は,搾乳の対象となる。採集,狩猟や農耕がもたらす肉食も植物食も,要は人間本来のカーニボラス(肉食的)かつハービボラス(草食的)な雑食的食性,いや高等猿類以来の食性に準じた,その要求を満たすものである。…
※「家畜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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